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2007年07月29日 いいのかぁ・・・、この髪型 [フルタイム移行日記]

2007年07月29日 いいのかぁ・・・、この髪型

7月29日(日) 曇り 午後雷雨 東京 31.6度 湿度82%(15時)

なぜか、6時半に目が覚めてしまう(仕事場)。
もう一度寝ようと思ったけども、暑くて駄目。

仕方なく起きて、シャワーを浴びて、すっきり。
ベッドで溜まっていた新聞を読む。
アップルパイとコーヒーの朝食を取りながら、友達に画像を送信。

9時、せっかく早起きしたので、午前中を有効に使おうと思い、美容院へ。
5月18日以来だから、ほぼ2ヵ月半ぶり。
だいぶ、髪が長くなって、さすがに、この頃の暑さで、うっとおしくなってきた。
で、長さはあまり詰めずに、全体的に軽くなるようにお願いする。

できあがったのは、前髪をしっかり作ったロングレイヤーのシャギースタイル。
ゆるいナチュラルウェーブの黒茶色の髪がふんわり。
どうやっても、言い訳のきかない女の子髪型。
いいいのかぁ・・・・、こんな髪型にしちゃって・・・・(って、もう遅いのだけど)。
004.JPG
↑ いつも結わいているのを、解くとこんな感じです(顔がすっぴんに近いので恥ずかしい・・・・)。
ほんとうに言い訳ききません。

12時半、自宅最寄り駅近くのトンカツ屋兼蕎麦屋で、パートナーと子供と待ち合わせ。
私は、大せいろ蕎麦と野菜の天麩羅。

髪型、パートナーも子供も何も言わない。
なら、いいことにしよう。

パートナーが、投票券をもってきてくれたので、いっしょに投票所(小学校)へ。
黒板に13時時点の投票率が書いてあったが、まずまずの数字。
これなら、良い結果が期待できそう。

14時、帰宅。
ブログのコメントへのお返事書き。

16時、夜(開票速報)に備えて、2時間ほど昼寝。

19時、夕食の仕度。
OGビーフの塩たれ焼き。
エリンギ、大なめこ、おくらのワインソテー。
茄子とおくらのお味噌汁。

21時、開票速報が始まる。
初の試みとして、開票のポイントをブログで同時記述してみる。
(詳細は、別記)

2007年05月18日 美容院へ [フルタイム移行日記]

2007年05月18日  美容院へ
5月18日(金) 曇り 東京 24.8度 湿度 35%(15時)

11時、起床。
久しぶりによく寝た感じ(って言っても6時間睡眠なんだけど)。

朝昼ご飯は、カツサンド1切れ、ドライフルーツパン1枚、それにコーヒー。

昼過ぎ、エッセーの手直しを、電話で入れる。
これで、間に合うだろう。

15時、仕事場に移動。
すぐに身支度。
薄い緑に笹模様の綿紅梅(竺仙)。
黒と赤の半幅帯を角出しに結ぶ。
長襦袢は、梔子染(クリーム色)の半襟をつけた単のお七鹿の子(紫織庵)。
吸い上げ暈しの草色の帯締。
草色の小紋と朱の鼻緒の焼き桐の下駄。

16時、明日からの「日和」一座の下田巡業に備えて、美容院へ。
カラーリング、シャンプー、カット、ブロー、アップセットのフルバージョンをしてもらう(10800円)。
カットしてもらったのは、2月22日以来でほぼ3ヵ月ぶり。
伸びすぎて左右に流していた前髪を目に入らないくらいの長さにカット。
う~ん、ますます言い訳きかない髪型に・・・・。

セットは、何度かしてもらっている、一晩寝てもつぶれないようにアンコをたっぷり入れた小さめの髱(たぼ)のアップ。
サイドとトップは、あまり膨らまさずに、すっきり仕上げてもらう。

なぜか今日は、女将さん一人だけ。
他のお客さんとの兼ね合いもあり、3時間半もかかってしまう。
急ぐ必要はぜんぜんなかったし、読む本も持っていったので、退屈はしなかったけど、ちょっと腰が・・・・。

19時半、行きつけの居酒屋「一善」へ。
常連のおじさま、おばさまとおしゃべりしながら、のんびり過ごす。
グラスビール1杯、ウーロン茶2杯。
肴は、ぶりのお刺身、ポテトサラダ、太ごぼうのキンピラ。
最後に、粘々トリオ(納豆・山芋・オクラ)でご飯を1膳。

某常連ご夫婦が、GW中に秩父の羊山の芝桜を見に行ったとかで、
「すばらしかった」「秩父っていいとこだね」と言ってくださる。

正直言うと、羊山は、子供の頃の遊び場、雑木の急斜面をスラロームして駆け下ったり、樹上基地作ったり、太い藤蔓につかまってターザンごっこしていた所で、観光地(=わざわざ行く所)っていうイメージはないのだけど、それでも故郷を褒められると、やっぱりうれしい。

22時、仕事場に戻る。
髪を濡らさないように、ピンクのタオルで包んでシャワーを浴びる。

ブルー(銀ラメ入り)のマニキュアを塗る。

週末は、「日和」一座の地方巡業で、姐さん、兄さんたちにくっついて、伊豆下田の「黒船祭」に行く予定。

下田は、大学のセミナーハウスがあった関係で、ゼミ合宿などでほとんど毎年行っていたし、家族旅行でも何回か訪れてる街。
でも、女姿では初めて。
「日和」一座の皆さんとの巡業も初めてで、とても楽しみ。

明日の朝は、4時起きだから、今夜はせいぜい早寝を心がける。
でも、寝られるだろうか・・・・(←遠足前の子供と同じ心境)。

就寝、0時(仕事場)。

【追記】
翌日(5月19日)の伊豆下田の「黒船祭」きものファッション・ショーの写真
070519.jpg
ショートヘアーだけど、十分に女性的な髪型になっていると思う。

2006年10月17日  「髪を洗う」こと [フルタイム移行日記]

2006年10月17日  「髪を洗う」こと
10月17日(火) 晴れ 東京 25.1度 湿度 55%(15時)

12時、起床。
よく眠って、やっと疲労感から抜け出せた感じ。

朝昼ご飯は、トースト1枚、生ハム4枚、レタス。

シャワーを浴びて髪を洗う。

土曜日、着物友達のYUKOさんにこんなことを言われた。
「姐さんの日記、いつのころからか『髪を洗う』という記述が出てきたのよね」

実に鋭い指摘だ。
以前は、「髪を洗う」ことは、お風呂に入る時やシャワーを浴びる時にごく当たり前に伴うことで、いちいち意識することでなかった。
真夏なんか、日に3度くらい洗ってた。
もともと乾きやすい髪質なので、気楽に洗うことができた。
ドライヤーなんて生まれてから一度も(床屋は除く)使ったことがなかった。

ところが、髪を伸ばして1年半、肩に届く長さになると、そうはいかなくなる。
まず、髪を洗う手間(時間)が3倍くらいになった。
いくら乾きやすい髪質とはいえ、自然乾燥だと相当に時間がかかるので、ドライヤーを使う。
どんなに急いでも5分では乾かない。

したがって、髪を洗うタイミングを意識せざるを得なくなる。
今日のように外仕事がない朝(昼)は気楽に洗える。
時間が決まっている外仕事がある朝に、うかつに洗うと遅刻しかねない。
すごく眠い夜に洗うと、濡れ髪のまま眠ることになりかねない。

そんなことは、長い髪で人生をすごしてきた女性には当たり前のことだろうが、その点、こちらはまったくの新米。
髪に関してだけは、この歳になって、いろいろ初体験も多い。

ということで、「髪を洗う」という記述になる。
別に、髪のない某センセイへの当てつけではない。

「日記(16日分)」を書く。

15時半、仕事場に移動。
メールチェック、「日記」のアップ、お返事メールの送信、サイトのお手入れなど。

溜まっていた新聞を読む。

21時、帰宅。
夕食は、よく煮込んだ牛のすね肉のシチュー。
まずまずおいしくできた。
それにアナゴの煮付け。

テレビニュースを見る。
アメリカ政府が、採取大気の分析から、9日の北朝鮮の「核実験」が核爆発であったことを確認と発表。
ただし、規模はTNT火薬換算で1キロトン以下。
北朝鮮は、中国に「4キロトン」と事前通告していたので、プルトニウムが25%以下しか核分裂しなかったことになり、「爆縮」による起爆に失敗した「未熟核爆発」の可能性が大とのこと。

ということで、どうも近々2度目をやるらしい。

お風呂に入る。
お返事メールと「日記(17日分)」を書く。

夜中、大阪外語大学の「研究会」で報告予定の「異性装と身体意識-女装と女体化の間-」のレジュメを書く。
考えを言語化するのに思っていたより苦戦。
4時間ほどかけて、やっと3分の2ほどできる。

就寝、6時半。


2006年07月01日 片付けの日 [フルタイム移行日記]

2006年07月01日  片付けの日
7月1日(土)  雨 時々 曇り

11時、起床。
朝昼ご飯は、ナン1枚、きのこのカレー。

午後、自宅のクローゼットの片付け。
もう古くなった服をかなり捨てる。

本当は、夏冬最小限のもの(と冠婚葬祭用)だけ残して、まだ着られるものも含めて(男性用は)全部捨てちゃいたいのだけど・・・・、そうもいかない。

それに、もう少したつと子供(男の子)が着られるようになるかなと思い、思いとどまる。

(後略)

2006年06月13日 髪を伸ばして1年 [フルタイム移行日記]

2006年06月13日  髪を伸ばして1年

6月13日(火) 曇り

8時半、起床。
朝ご飯は、冷蔵庫にあったパンの残りをかじる。

午前中、講義。

午後、国会図書館へ。
最近の新聞記事の収集。

「神戸新聞」5月18日夕刊、例の小学2年生の性同一性障害児の記事もコピー。
1面に「性同一性障害受け入れ 学籍上は男児と記載 播磨地区の教委 対応『学校側の配慮』」という見出しの6段抜きの記事。
10面に「『息子は娘に・・・』性同一性障害児の母手記 医師の一言で明るく活発に 1人の女性として接して」の見出しでやはり6段抜きの母親「手記」。
扱いの大きさに改めて驚く。

疲労感が強く、早目に退館。

16時過ぎ、仕事場に戻る。
メールチェック、「日記」のアップ、お返事メールの送信。

ベッドで新聞を読んでいる内に、眠くなり1時間半ほど仮眠。
少し体調回復。

明日の講義の準備。

21時半、帰宅。
夕食は、鳥のつくね、鳥ももの塩焼き、冷や奴、ワカメと豆腐のお味噌汁。
それに、めんたいこ。

食後、2時間ほど明日の講義の準備。

お風呂に入った後、メールのお返事と「日記(13日分)」を書く。

ところで・・・・・、
髪を伸ばしはじめてから、いつの間にか1年がたった。
現状は、サイドの髪がぎりぎり肩に触れるくらい、後ろは襟足に届いてる。
でも、最近なんとなく伸びが鈍っているように思う。

1年前、髪を伸ばそうと決心したときのスローガンは「目指せ、松下由樹!」だった。
で、結果は、ぜんぜん「松下由樹」にならなかった。

敗因は、長さだけを気にしてて、毛の質の違いをまったく考慮していなかったため。
じゃあ、どんな感じかというと、花王のエッセンシャル「ダメージ・ケアー」のコマーシャルに出てくるお姐ちゃん風。

髪をちゃんとコンディショニングしてる「生れ変った私」がダメージ・ヘアーの「あの頃の私」に出会うあのテレビコマーシャル(CMモデル:岡崎めぐみ)
http://www.kao.co.jp/essential/tvcm/index.html

私の状況は、その「あの頃の私」みたいに、髪先が跳ねてあっちこっちに向いている。

と言っても、ダメージ・ヘアーということではなく、生れつきの癖っ毛。
髪に緩いウェーブがあるのは、短いころから自覚していたが、伸ばすまで、こんなにすごい癖っ毛で、しかもこんなに髪の量が多いとは、自分では思いもしなかった。

でも、髪を洗った後、ドライヤーでブローするのもずいぶん慣れて手早くなった。
普段は後ろでゴム縛りにしているが、尻尾もだいぶそれらしくなってきた。
さて、これからどうしよう・・・・。

就寝、3時半。

2005年11月03日 初めて自毛を結う [フルタイム移行日記]

2005年11月03日 初めて自毛を結う

11月3日(木・祝) 曇り、夕方小雨

7時半、起床(仕事場)。
朝ご飯は、コンビニのサンドイッチとコーヒー。

今日は、着物友達と「ニッポン全国 きもの日和」に行く。

シャワーを浴びて身支度。
化粧の後、髪をセット。
「ウィッグかぶりの達人」と言われた技術を駆使して、3種類の付け毛を使って、ポニーテール風のアップにまとめる。
昨夜、何度も練習しておいたので、15分ほどでできあがる。
初めて自毛をベースにアップに結えた。
ううっ、うれしいよ~ぉ(感涙)。
051103-1.jpg

着物は、YUKOさんとの約束で、赤地に細い黄色の格子が入った、一見、大島紬とは思えないような大島紬。
帯は、銀と黒の鱗柄。
長襦袢は、飛兎柄の黄金色。
半襟は緑色、帯揚は辛子色、帯締は山吹色。
051103-3.jpg 051103-4.jpg
↑ 着物友達の女性たちの髪型と比べて、それほど違和感はないと思う。

(以下、略)

2005年09月05日  髪質 [フルタイム移行日記]

2005年09月05日   髪質
9月5日(月) 雨

11時、起床。
朝ご飯は、トースト1枚、スモークサーモン3枚、きゅうり&レタス。それにヨーグルト。
身体のだるさ、眠気は少し良くなる。
ただまだ腰の具合が悪く、本調子ではない。
雨もひどいので、仕事場行きは断念。

午後、いくつかメールを書く。
「Kimono日和」の写真集『Kimono人』の応募用紙にも記入。

その後、昭和戦前期の女装男娼の資料ファイルを整理する。

夕ご飯は、豚の生姜焼きを作る。
あとは、昨夜煮ておいたまぐろのアラ。

ところで、私の髪のこと。
伸ばすと決めた時の「日記」(6月1日)に「目指せ!、松下由樹」と書いた。
好きな女優さんの一人だし、彼女くらいのショートヘアーなら目標として手頃だろうと思ったからだ。

以来、3カ月、ぜんぜん「松下由樹」にならない!。
長さがまだ足りない(特にもともと刈り上げていた後ろ頭)せいもあるが、問題は髪質。
自分の髪に、ゆるいウェーブがかかっているのは自覚していたが、まさかこんなにとは!

パサパサ落ちてこなくてセットしやすいのは良いのだけど、セットしてない時の前髪やサイドのボリュームがすごい。
現状は、「松下由樹」というより「クリちゃん」(今の人、知らないだろうな。根本進作画の昭和26年から朝日新聞夕刊に連載されていた4コマ漫画の主人公↓)状態。
http://www.d3.dion.ne.jp/~gonohon/douyou.htm

もう少し伸びれば落ち着くという説もあるが・・・・・。
また、美容院に行って女将さんに相談しないと。

(中略)

就寝2時。

2005年08月10日 初めて自毛で外出 [フルタイム移行日記]

2005年08月10日 初めて自毛で外出

8月10日 (水) 曇り

9時、起床。ちょっと寝坊。
時間がなく、朝食はカップケーキとコーヒーだけ。

午前中、講義。

13時、仕事場に戻り、メールチェック、「日記」のアップや書き込みなど雑用。

15時、身支度。
赤の大矢絣に撫子柄の浴衣。下は黄色の吸い上げ暈しの半襟をつけた半襦袢。
帯は、黄・赤・緑の半幅を角出に結ぶ。草色の帯締をかける。

髪は自毛をセットする。
まだ長さが足りず、ボーイッシュなショートカットという感じなのだけど、一昨日、美容院の女将に教えてもらったテクニックを試みて、ボリュームを出す。
まずまずの感じになった。

私のように女装キャリアが長くなると、すっかりずうずうしくなって、たいていのことは平気なのだが、さすがに初めての自毛での外出となると、すんなりとはいかない。
世間様の視線よりも、むしろ鏡に映した自分の姿に納得できるかどうかがポイントになる。
先日(3日)は、一度、自毛をセットしたものの、納得できずに取りやめた。
今日は、まずまずかなと思えたので、記念すべき初外出となった。
その差は、実際にはごく微妙なものなのかもしれないが、気分的には大きな差なのだ。

16時、外出。
白い日傘をさして、7分ほどとことこ歩き、目黒通りのバス停へ。
頭がとても軽い。でも、ちょっとドキドキ。
バスに乗って(停留所3つ分)、碑文谷のダイエーへ。
女性雑貨売り場で付け毛を探したけど売ってなく、下着売り場でトリンプのショーツ(薄い水色)を購入。

斜め前のリサイクル着物の「ひろ」へ。
実は、担当さんに電話で「いつもと違う格好で行くから笑わないでね」と先振れをしておいた。
店に入ると「あら、どんな格好で来るのかと思ったら、それほどのこともないじゃない」と言われる。オーナーも髪の件には反応無し。
まあ、他人の目からすれば、そんなものなのだろう。
1時間ほど、鮮やかな黄色の紅形(びんがた)の大振袖や久米島紬など、いろいろ目の保養をさせてもらう。
仕立て直しをお願いしてあった着物を受け取って、またバスに乗り、仕事場に戻る。

結局、自毛での初外出、すんなり行ってしまった。
もっと髪が伸びれば、細工の仕様も出てきて、もう少し様になると思う。
その日のTPOと気分で、ウィッグ自毛を併用できればいいなと思う。
まだ、写真を公開するまで自分に納得してないけど、いずれお目にかけます。

18時、大急ぎで着物を脱ぎ、タンクトップ(黒と白のストライブ)とショートパンツ(黒)に着替え、化粧は口紅だけ拭って、お風呂セット(シャンプー、洗顔料、化粧水)を持って、近所の「天然温泉」へ。
いつもフロントにいるオーナーとは長年の顔見知りなので、こんな怪しい格好でも入れてもらえる。
お湯にゆっくり浸かり、サウナで汗を流す。

2週間ぶりの体重測定。
-7.0kg(63日間)。
前回測定(16日前)より、-1.0kg。
よかったぁ、リバウンドしてなかった。
第1次目標(90日間で8kg減)まで、あと1kgとなる。

7kg減となると、かなり影響が見えてくる。
顔、とくに顎がすっきりしたのは鏡を見て自覚。
写真も、最近、写したものはかなり顔の輪郭が違う。縦横比の修正(笑)が必要なくなった。
ウェストが若干細くなったのは、伊達締めを結んだ時の紐の余り方で実感。
胃のあたりの脂肪が落ちたので、その分、バスト(←あまり変化がない)との落差が目立つようになった。(うれしいような、困ったような)
後は、下腹(ウェストの下)の脂肪がもう少し落ちてくれればいいのだが、加齢のせいか、体質の変化(女性化)のせいか、ここがなかなか落ちない。
それと、歩くのが早くなった。
でも、行者道(修験道の山伏が歩く険しい山道)を飛ぶように歩いていた若い頃ほどではない(←当たり前だ)。

20時半、帰宅。

夕食は、わが家の伝統料理、牛肉(断ち落とし)のソース焼。
付け合わせは、サニーレタスとクレソン。

夕食後、やらなければいけない仕事があるのに、テレビを見てしまう。
世界陸上、女子棒高跳びが悪天候で順延になりがっかり。

(中略)

就寝、4時。


2005年06月01日  目指せ!松下由樹 [フルタイム移行日記]

2005年06月01日  目指せ!松下由樹

6月1日(水) 晴れ のち 曇り

8時半、起床。

午前中、講義。

講義を終えた後、あまりあちこち凝っているので、この街にも「てもみん」があることを思い出し、探し訪ねて、施術してもらう。
ずいぶん楽になったが、こんなことをしていたら「てもみん」依存症になりそうだ(お金もかかる)。

14時半、仕事場に戻り、メールチェックなど雑用。
「着物写真日記」の原稿を1本作る。

17時半、3ヵ月ぶり(前回は3月4日)に美容院へ。
1ヵ月前くらいからかなり髪が伸びているのは承知だったが、「少し伸ばしてみようか」という思惑もあって、放置しておいた。
ところが、もともと緩いウェーブのある癖っ毛なので、あちこち跳ねていよいよ納まりがつかなくなってきた。

「伸ばしてみようかなと思ってるんですが・・・・」と言ったら、以前から「自分の毛、伸ばしなさいよ」と勧めていた店主(女性)は大賛成で、「三橋さんは髪の毛多いから大丈夫よ」なんて言いながらさっそく取り掛かってくれる。

30年以上、ほとんど同じ髪型だったので、本人は大決心なのだが・・・・。

いつもは、サイドと後ろを、はさみでかなり刈り上げるのだけど、今日は跳ねている毛をカットして形を整えるくらいで終了。
子供の頃から床屋の料金は切った髪の毛の量に比例するみたいな感覚をもっているので、なんだか損した感じ。

まあ、伸ばすと言っても、本格的には無理、せいぜい頑張ってショートカットなのだけど、一応「目指せ!松下由樹」(← 「大奥」の春日局の髪型を想像しないように!)

顔剃りしてもらって顔のマッサージ&パック。気持ちいい。

シャンプーだの、白髪染めだの、お風呂洗剤だの、ハンドクリームだの、いろいろ生活雑貨品を買い物をして、19時半、仕事場に戻る。

今日は仕事場泊りなので、パソコンでいろいろ作業。
昨日記した例の「手記」のベテラン女装者の写真を7点ほど画像に取り込む。
モノクロの上、古い雑誌に印刷されたものなので、画像の状態が良くない。
1点だけカラーグラビア掲載の写真があり、これはきれいに入力できたので、メインに使う予定。

続いて、今日は「衣更え」ということで、着物の整理。
着物と帯の山を1度崩して、袷を一番下に、その上に夏物(薄物)、一番上に単が来るように積み直す(崩落しないように慎重に)。
帯締、帯揚も夏物を出す。
6月は単の季節なのだけど、暑がりな私は、6月20日過ぎからはもう薄物を着てしまう。
今年は、単の期間が短かったなぁ。

バス・エッセンスを入れたお風呂にゆっくり入る。

就寝3時(仕事場)。


2005年3月4日 美容院&お手入れ日 [フルタイム移行日記]

2005年3月4日 美容院&お手入れ日

3月4日(金) 曇り

10時30分、起床。
窓の外を見ると、雪は積もっているものの、それほどの量でもなく、早くも融け出している様子。

今日は、明日からの関西出張に備えて、休養するつもりなので、ゆっくり朝昼ご飯。
13時半、雪が融けた道を仕事場へ。

メールチェックの後、着物(結城紬)&長襦袢&帯の1セットを宅急便で、京都の定宿に発送。
その後、お掃除、洗濯などの雑用をかたずける。

17時、行き付けの美容院へ。
前回は12月25日だったから、2ヵ月以上たってる。伸びるはず。
金曜日のせいかかなり混んでる。
いつもなら「またにします」で帰るところだけど、今日は時間がゆっくりあるので、大丈夫。

先生に「ずいぶん伸びたわね。毛の質が良いのだから、もっと伸ばして自毛で結い上げなさいよ」と、私の事情(男女二重生活)を知ってるくせに言う。

「それができるのなら、とっくにやってますよ」と返事。

2時間かけて、シャンプー、カット、フェイス・マッサージ(オイル・マッサージ)。
気分はかなりリラックス。

夕ご飯は、外で食べて、21時、仕事場に戻る。
まず、髪が短くなると目立つ生え際の白髪染め(ブラウン)。
お風呂に入りながら、この1ヵ月ほどの忙しさで放置して、すっかり痛んだ爪の手入れ。
お風呂から出て、久しぶりに、色のついたマニュキュア(藤色)を塗る。

保湿フェイス・マスクをしながら、仕事関係のメールのお返事2通と日記を書く。
(↑現在の状態)

就寝1時半(仕事場)。

「フルタイム移行日記」について [フルタイム移行日記]

私は、2008年4月に、それまで13年間つづけた「男女二足の草鞋」生活にピリオドを打ち、フルタイム女性生活に移行した。

53歳の誕生日の少し前のことだった。
なぜ50歳を過ぎて、今さらそうしたのかは、いろいろ複雑な事情もあるのだが、基本的には、男女二重生活が精神的にも肉体的にも辛くなったからだ。
とくに女性としての仕事がどんどん多くなると、男女二重生活は時間的なロスが多く、それが加齢による衰えと相まって、体力面にも響くようになっていた。

もちろん、フルタイムへの移行が、家族や周囲の理解が得られそうだという見通しをもってのことだった。

結果は、まったくではないがほとんど軋轢もなく、フルタイム女性生活に移行することができた。

それから早いもので4年半が経つが、社会的女性としての日常はすっかり定着し、心理面でも安定し、健康もそれなりに取り戻し、仕事も充実している。

「続・たそがれ日記」を書いていた7年半は、私のフルタイム女性移行の時期を含んでいる。
取りたてて「フルタイム移行日記」というものを記していたわけではないが、関係する記事をまとめておくのも、少しは意味があるかもしれない。

私の場合、パートタイム時代に、すでに女性としてのいろいろな経験を積んでいるので、フルタイムになって「初」ということはほとんどなかった。

ただ、自分の髪の毛を長く伸ばしたのは初めてのことだった。
と言うより、髪を伸ばし始めたことが、フルタイム移行への第一歩だったことが、今回、アーカイブ化のために記事を見直してみて、よくわかった。

と言うことで、「フルタイム移行日記」は、髪を伸ばし始めるところから始めよう。

生活は

2012年07月04日 こんな時代もありました [古い写真帳から]

2012年07月04日 こんな時代もありました

7月4日(水)
ブログ、なんだかうっとおしい話が続いているし、個人的にも苦手な気候の上に、田舎から父親の体調悪化の知らせがあって、気持ちが沈みがち。

気晴らしに、少し前に保存処置(ポラロイド写真のデジタル画像化)した昔の写真を披露。
920211 (2).jpg
撮影は1992年2月11日。
「オールジャパン(全日本女装写真コンテスト)」の応募写真作りのため、試写を繰り返していた頃。

黒のボディコン超ミニワンピースに、黒のロンググローブ、ガーターベルトで吊ったストッキングにはゴールドの蛇というファッション。
透過性のある布を組み合わせた背景も、私の工夫。

迷った末に最終的には、同じ構成でこのポーズではない(座りポーズの)写真(↓)を応募して、最多得票特別賞・写真技術賞の二冠をいただいた。
Fas-8_2.jpg

ちなみに、現在、ファッションや「萌え」業界で使われる「絶対領域」(ボトムスとソックスの間の太ももの素肌が露出した部分)という言葉、当時はまだない。
でも、このコーディネートは明らかにその部分を意識している。
「絶対領域」の概念が生まれるのは、この写真の15年後くらいだと思う。

今ではすっかり「おばちゃん」化している私にもこんな時代があったということ。

2012年06月02日 黄色と黒のサマードレス [古い写真帳から]

2012年06月02日 黄色と黒のサマードレス

5月28日(月)

先月から、少しずつ進めている昔の写真の再生・保存(デジタル画像化)作業。
930812.jpg
撮影は1993年8月12日。

この写真、友人に撮ってもらいプリントをもらった写真で手元にネガがない。
また、自分のカメラでないので、ストロボの光量が不足していて、コントラストが悪い。
複写して、画像処理して、なんとかここまで再生。

この黄色と黒のオフショルダーのサマードレスは、この日のために「渋谷東急109」で買ったもの。

現在よりずっとずっと痩せているけど、肩幅はがっちり広い。
オフショルダーはやっぱり辛い・・・。

それに太腿の筋肉が、まだ女性化してなくて、スピード・スケートをやっていた少年の頃の名残がたぶんにある。

開店前、待機中のキャバレー・ホステスという風情だが、実は1993年度「全日本女装写真コンテスト」の発表・授賞式の直前。

この約1時間後、史上初の2年連続の最多得票特別賞&写真技術賞に輝くも、僅差でグランプリを逃し(2度目の準大賞)、悔し涙にくれることになる。
私の「競技女装」全盛の頃の写真。


2012年05月28日 まったく記憶がない・・・写真 [古い写真帳から]

2012年05月28日 まったく記憶がない・・・写真

5月28日(月)

少しずつ進めている古いポラロイド写真の再生・保存(デジタル画像化)作業。
911107.JPG
撮影は1991年11月7日。

白黒の細縞のオーバー・ブラウス、黒のミニスカート、赤系の華やかなスカーフ。
私にしては比較的珍しい7分身の構図。

写真の欄外に「単行本モデル撮影」とメモがある。
でも、まったく記憶がない。

カメラマンの名刺がいっしょに保存されていたので、実際に「エリザベス会館」(女装クラブ。当時は神田岩本町から江東区亀戸に移転した直後)にカメラマンが来て、撮影したのは間違いないのだが・・・。

私が世の中に流通するメディアに出た最初は、1991年12月に創刊された『Cross Dressing』(光彩書房)の「エリザベス美人御写真」。

まだ在籍1年半の新人にちょっと毛が生えたくらいで、6枠しかない「エリザベス美人」のモデルに選ばれたのは、抜擢だった。

この写真は、その少し前の撮影ということになる。

でも「単行本」の書名も著者もまったく覚えがない。
私は本や雑誌好きなので、自分が出たものはほぼ完全に入手して保存しているのだが・・・。
私の写真が没になったのか、それとも単行本そのものが出なかったのか?

ここまで考えて、もう1つの可能性に思い当たった。
この「単行本モデル撮影」は、実は『Cross Dressing』の撮影ではなかったのか?
私が『Cross Dressing』を雑誌とは思わず「単行本」だと誤解して、メモしたのかもしれない。

でも、『Cross Dressing』に載った写真は黒のドレスで衣装がぜんぜん違う。
着替えたのかな?
そう言えば、撮影にしては普段着っぽい・・・。

なにしろ21年前のこと、しかも当時は「日記」を付けていなかったし、いろいろ記憶が遠くなっている。

【追記(29日22時)】
『Cross Dressing』の編集長だった山崎邦紀さんから[Face book」で、カメラマンは「岡崎」さんという方だと教えていただいた。
今日、保存されていた「単行本モデル撮影」のカメラマン氏の名刺を確認したら「写真家・栗山欣也」さんという方だった。
ということは、1991年11月7日の「単行本モデル撮影」は、『Cross Dressing』の撮影とは別だったということで、「謎」は振り出しに戻ってしまった。

2012年05月23日 薔薇の花のドレス [古い写真帳から]

2012年05月23日 薔薇の花のドレス

5月23日(水)

最近に、少しずつ進めている古いポラロイド写真の再生・保存(デジタル画像化)作業。
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撮影は1992年11月26日。
黒とピンクで薔薇の花をデザインしたミニ・ドレス。
肩と腰のピンクは薔薇の花弁をイメージしていて、黒いレースには薔薇の花の模様がある。
当時在籍していた女装クラブ「エリザベス会館」の先輩、南麻衣子さんからのいただき物。
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エリザベス時代から新宿歌舞伎町時代まで、ここ一番の晴れ着として愛用した。
もう着ることはないと思うけど、大切に保管してある。


2012年05月19日 藤とつつじの思い出 [古い写真帳から]

2012年05月19日 藤とつつじの思い出

5月19日(土)

私は5月生まれ。
5月の花というと、藤とつつじを思い出す。

暖かい東京だと4月末が見頃だと思うが、私の故郷は北関東なので、藤もつつじも5月になって花盛りになる。
故郷の家の庭には、池の畔に藤の老木があり、毎年、池の水面に花房が垂れていた。
つつじの木も庭のあちこちにあり、花がたくさん咲いていた。

今年の東京は、4月の半ばになっても寒さが残り、また雨の日が多く、藤もつつじも咲き頃、見頃を逸した感じで、どちらもきれいな写真が撮れずに残念だった。

下の写真、1枚目と2枚目は1993年5月3日、つまり19年前に亀戸天神(江東区亀戸)の「藤祭り」に出かけた時のもの。
藤色を意識したファッション・コーディネート。

亀戸天神は、江戸時代からの藤の名所。
この年は、ちょうどGWの頃が、藤もつつじも見頃だった。
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天神さんの境内にはアマチュア・カメラマンのおじさんがたくさんいて、ポーズをとると、いくつものシャッター音が聞こえる。
中には、翌年の「藤祭り」で「はい、去年の写真」とプリントを渡してくれる人もいた。

3枚目は、昨年2011年4月24日、近所の藤がきれいなお宅の前で。
2000年代の東京は温暖化で4月中に藤が満開になる年が多くなった。
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19年隔てた写真、私の顔の輪郭がぜんぜん違うけど、整形手術はしていません。


2012年05月16日 19年前のウェディングドレス写真 [古い写真帳から]

2012年05月16日 19年前のウェディングドレス写真

5月16日(水)

部屋の片付けをしていたら、出てきたポラロイド写真。
今から19年前の1993年6月9日の撮影。
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当時、亀戸(江東区)にあった女装クラブ「エリザベス会館」のウェディング月間(6月)で、私の好きな黄色のウェディングドレスが新入荷したので撮ったような記憶がある。

お金払って、ドレス着て、写真撮ってなんて、馬鹿なことをしてるな、と思う方も多いだろうが、自分としてはこの手の写真、撮っといて良かったと思う。

今になっては撮る気にもならないし、たとえ撮っても容姿的にぜんぜん駄目だと思うし。

ポラロイド写真で、もともと発色、コントラストが悪い上に、やや退色していたのを、画像処理して、コントラストと彩度を上げてみた。
ただ、ピントの甘さはどうにもならない。
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あ、「自己愛性人格障害」だということは、十分、自覚してます。

【追記】下の写真は同じ日にフィルムカメラで撮影したもの。
発色は、こちらの方がずっと良い。
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